やましーのプロフィール

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こんにちは。やましー@データ活用クラウドエンジニア(@yamashi18041)です。

私は現在クラウド技術を使ってお客様企業のデータ活用基盤を構築しています。SEですね。それまでは組み込みソフトエンジニア、ネットワークエンジニアとして様々なプロジェクトを携わってきました。

このページは少し長いですが、私の生い立ちを書いた記事になります。

まずはざっくり概要から

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概要プロフィール

名前:やました まさし
HN :やましー
年齢:33歳(生年月日 1986/10/27)
SNS:Twitter( @yamashi18041)
出身:高校まで広島
   現在は千葉北西部
性格:真面目、
   チャレンジ精神旺盛、
   諦めない心を持つ
職業:クラウドエンジニア
   主にインフラ系のSE
趣味:ブログ、読書、
   オーディオブック
   初めての人と会う
   マックでクルー
漫画:キングダム
   刃牙

目標:データを活用を通じて世の中にインパクトを与える。
   そして、将来の目標や夢がない若者を救う事
経歴:組み込みソフトエンジニアとして、
    - ルータやL2スイッチの開発や
    - 海底ケーブル用の光伝送装置開発。
   ネットワークエンジニアとして、
    - 県行政IPネットワーク設計と構築や
    - 自衛隊基地間IPネットワーク設計
   クラウドエンジニアとして、
    - 金融系向けデータ基盤構築やサーバーインフラ構築
資格:Microsoft認定資格
    (Azure Administrator Associate)
   高度情報処理技術者試験
    (ネットワークスペシャリス)
    (エンベデッドシステムスペシャリスト)
   第二種電気工事士
   危険物取扱者乙1~6
偉業:マクドナルドで AJCC 全日本チャンピオン (2007年グリル部門 )

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子供のころの夢

1986年10月27日生まれの2人兄弟の長男です。

子供のころはお菓子の空き箱などを使って工作するのが好きで、そのころ将来の夢は大工さんと言っていました。

大工という夢はいつしか消えていきましたが、モノづくりが好きで完全に理系なのは今も昔から変わっていませんね。

おそらく家の近くにあった、子供文化科学館によく行って遊んでいたのが大きく影響しているんだろうなーっと思ってます。基本無料で遊べて本当に良い施設ですので是非お子様と行ってみることをお勧めします。その中でも私は電気回路をつなげてランプを光らせたりモーターを回したりするブースが好きでした。

そんな幼少期を過ごしていたせいか高校は広島県立工業高校の電気科に進学しました。

今もモノづくりが好きな気持ちは変わらず、エンジニアとして様々なシステムを構築したりプログラマーとしてプログラムを作れているのは幸せですね。

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ライバルの大切さ

高校入学当時に勉強そのものは嫌いで大学に行ってまで勉強したくはなく、卒業したら就職をするつもりで工業高校を選びました。

工業高校なので正直バカ校で自分ももれなくバカでした。

そんな中なぜか仲が良い友人4名はよく学年のトップを争っていました。

1年生の2学期頃に三国無双が発売し自分以外の友人4名はそれで盛り上がっていました。

そのときこいつら何でこんなゲームやってんのに成績がいいんだろうって心の中に羨ましさといら立ちが湧いていました。

そこで2学期の期末テストで「こいつらが遊んでいるうちに勉強して抜いてやる。ずっとゲームしてろ」となぜかライバル意識をもって勉強を始めました。

しかし、自分はそれ迄、赤点すれすれだったため、2学期末のテストでは思うような成果が上げられず友人に勝つことはできませんでした。

だけど、その闘志はそのあと消えることはなく、学年末以降は上位争いに食い込むことができました。

この時ライバル(好敵手)の大切さを身をもって実感しました。

そんなこんなで芝浦工業大学に指定公推薦で入学することができました。

バカ校なので実はちょっと頑張れば一瞬で上位を取れたのはラッキーでした。

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毎日本気で取り組んでマクドナルドで日本一に

AJCC

アルバイトは高校1年生のころから地元のマクドナルドをやっていました。入った当時先輩はみな自分のことをかわいがってくれて、マクドナルドでのアルバイトを楽しみつつ働いていました。

AJCCとの出会い

高校1年生の夏、バックヤードで先輩が泣いていて、別の先輩が慰めているのを目撃してしましました。

一体何があったのかそのころの自分わかっていませんでした。

マクドナルドでは全国で働いているクルー(アルバイト)が13万人います。

年に一度夏に、そのクルーが全員参加するAJCC(オールジャパンクルーコンテスト)と呼ばれるその接客やハンバーガー製造の腕を競う大会があります。

泣いていた先輩はそれに出場したかったのですが、店舗の代表選抜に敗れてしまって泣いていたのでした。

AJCC初出場

高校二年生の夏、自分にも「AJCCに出場してみないか?」と声をかけられて、イニシエーター(オーダーが厨房に入ったら最初にパンを焼く)ポジションで店舗代表としてOCエリア戦(近隣の5,6店舗)であえなく敗退、そこから私のAJCC勝利へのジャーニーが始まりました。

OC戦初勝利

Christians live in victory, writes Index editor J. Gerald Harris. All too often, though, that fact seems to be forgotten. GETTY/Special

高校三年生では念願のOCエリア戦に勝利、次のOM戦(OCエリアを7つくらい束ねるエリア)で敗退。

大学1年進学のため上京(と言ってもキャンパスは大宮)し、バイトはもちろんマクドナルド。

AJCCでとにかく勝ち進むことを目標に、審査ポイントは如何に早く正確にオペレーションをこなすかそしてハッスル!これを意識して 日々精進して、

この時にすでにOCエリア戦は余裕で勝てるようになりました。しかし壁が高いOMエリア戦ここでも敗退。

2年生は出場するポジションをイニシエーターからグリルストッカー(ハンバーガーのパティを焼く)に変更して出場するようになりました。

OCエリア戦は危なげなく勝利。鬼門のOM戦。

やはりここでも勝てませんでした。

毎日がAJCC 不屈の根性

こうなるともう勝つまで諦めないのが私。

勝つために、毎日を一切手を抜くことなく常に審査を受けているつもりで愚直にオペレーションを行い、精度を高めていくしかありませんでした。

マネージャーならないか?と声をかけられましたが、AJCCに出場し勝利することを目標にしていたため、断りました。

3年生。大学のキャンパスが豊洲に変わり、お台場のマクドナルドで働くことにしました。

そして2007年夏AJCC出場。OC戦、突破。そしてついにOMエリア戦を勝利することができました。この時は泣いてしまいました。

しかし大会はここで終わりません。AJCCは2年に1度オリンピックの前年に全国大会があります。

その年に優勝者はなんと北京オリンピック選手村へ派遣&オリンピック観戦&観光というスペシャル得点が用意されていたのです。

DM戦、東京リージョン戦と戦いが続いていきました。

いよいよAJCC全国の舞台へ

破竹の勢いで勝利を重ね、ついに全国大会。

この時バンキシャで私の密着取材が組まれていました。

あきらめることをせず、毎日をバイトとはいえ真剣に取り組んできた成果をついに試す時が来ました。

実は東京リージョン戦から自分のメンターを務めてくれたのは当時はまだマクドナルド社員だった、あの鴨頭嘉人( https://kamogashira.com/ )さんだったのです。

全国大会出場者は事前に会場となる店舗で下見を兼ねてオペレーションをしてみるのですが、対戦相手を見てそのスピードに圧倒されていた私。

そのとき、鴨さんが言ってくれた一言が今でも忘れられないです。

「何見とんや、お前の方が綺麗で速い」

この一言で救われました。自分の積み上げてきたものに自信を持たず、相手に飲み込まれては勝てるはずもありません。

そして全国大会本番当日、緊張したせいもあり、ぎこちないまま終わってしまった記憶だけがあります。

しかし、自分の大切にしている「綺麗リムーブ(パティを鉄板から剥)して並べる」だけは譲らなかった結果。全国13万人の頂点に立つことができました。

当時のプレスリリースが残ってました。

Welcome to McDonald's Japan

あきらめず、必死に、没頭して、プライドをもって取り組むことの大切さを身をもって得ることができた貴重な経験となりました。

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社会人として

大学卒業後はNECエンジニアリング(現NECプラットフォームズ)に就職しました。

ハードウェアエンジニアからソフトウェアエンジニアへ

私はFPGAなど基盤設計する部署にハードウェアエンジニアとして配属されましたが、直後に取引先が買収され仕事が激減。

そのため、部内の週報用にWEBシステムをC言語で作ったり、某大手運送会社の車載装置のバージョンアップメンテナンスを夜間に行ったりと社内のアルバイトみたいな仕事をしていました。

そして、入社3年目にソフトウェア開発職として異動を命じられました。

ここから私のソフトウェアエンジニアとして本格的にスタート。

まず書け

異動後は間もなく開通するリニア新幹線の研究開発の一部の機能を担当させてもらいました。

ソフトウェア開発初心者の私。どこからどう手を付けていいのかわからなかった時、主任に「まず(コードを)書け」と言いわれなんだかわからないなりに書き始めたのを覚えています。

ルータの組み込みソフトウェア開発

UNIVERGE IX2215
最初に開発したのはIX2215のUSBドライバ

その後、ルータの組み込みソフトウェア開発に携わり、C言語での開発のいろはを叩き込まれました。

ルーター開発はC言語としてどのように書くかはもちろんのこと、TCP/IPのネットワークの関連の知識も重要なのはお察しのとおりです。

それに加えHWを制御するためのレジスタの操作も重要なスキルになります。

この開発のおかげで今のC言語スキルとネットワークのスキルを組み込みソフトのスキルを身に着けることができ、エンジニアとして軸足を確立することができ、とても良い経験になりました。

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これまでの経験が次のキャリアに生きる

ネットワークのスキルがあるということでソフトウェア開発だけではなく、構築を任されるようになりました。

某県の行政ネットワークをSDN(私が作った製品)で構築する業務や、自衛隊のネットワーク構築等活躍の場を広げることができました。

順調にスキルを磨いていきましたが、当時いた会社を窮屈に感じ転職を決意しました。

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未知の領域への転職

もっと先端技術をやりたい。自分のスキルを高めたいそんなわがままをかなえるため、10年務めた会社を辞め今の会社に転職しました。

今の会社はデータ活用をクラウドで、というこれまで私が経験してこなかった領域を生業とする会社です。

データベースの構築やSQLはこれまで触った来たことがありませんでした。

しかしここでもこれまで培った開発プロセスの経験やネットワークインフラの知識はクラウドでデータ基盤を構築するには必要なスキルであり、転職後3ヵ月ほどでキャッチアップを行い、クラウド上にデータ基盤を構築することができるまでになりました。

しかし、まだまだSQLは書くことはできませんし、クラウドサービスはどんどん新しい機能が追加されていきます。

そんな私は今の会社に巡り合えてたのは幸運で、働きやすく、社員を大切にし、チャレンジングな仕事も多く、本当に転職して正解でした。

これからもどんどんこのブログを通じてアウトプットを行いスキルを高めていきたいと思っています。

そんな私が書いたおすすめの2つ紹介します。どちらも初学者向けにやさしく書きましたので、ぜひ読んでみてください。

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過去の自分におススメしたい記事

1つめはクラウドについてやさしくわかりやすく書いた記事です。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

以上、やましー@データ活用クラウドエンジニア(@yamashi18041)でした。

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